今年も我が家の庭で秋明菊(シュウメイギク)咲きだしました。秋の訪れです。これを見ていてふと往年のある時を思い出しました。
私は10日間の瞑想修行のため京都を訪れていました。それが終了して鞍馬山へ出かけようと思い、叡山電鉄で鞍馬駅へ向かいました。
鞍馬山は標高584mの山で牛若丸が天狗相手に剣術修行をした所として有名であり、パワースポットとして人気の霊山となっています。鞍馬寺の本尊は目に見えない宇宙の力なので鞍馬山に満ちているエネルギーは大きなものとされています。
私が訪れたときも大勢の修行者らしき人々が般若心経を唱えながら、境内にある沢山の寺院巡りをしていました。
これらの寺院の御朱印めぐりなど、鞍馬山を広く散策するハイキングコースは人気があります。御朱印は私の関心事ではなく、そこに満ちる清涼なエネルギーに触れたいという思いからでした。何百年、あるいは何千年も聳える自然林がその根元が複雑でかつ蛇のようにくねって地表に浮き出ている様、この根の間を身軽に飛び越えながら、剣術修行をする牛若丸の姿が目に浮かぶようでした。貴船駅へ続く渓谷沿いには料理旅館が立ち並び、夏季には「川床」が供され、蒸し暑い京都の納涼に処しています。その渓谷沿いには貴船菊が満開に咲いていて、私の目を楽しませてくれました。貴船菊とはこの辺りに自生しているため、そう呼ばれていますが、本当は秋明菊と言います。
そして私がなぜ鞍馬山へ足を延ばしたかというと、その時私はレイキの学習中で、その開祖とでも言える「臼井甕(みか)雄(1865~1926)」なる人物がこの鞍馬山で断食・瞑想の後、悟りを開きレイキを感得したと知らされていましたので、是非ともその地を訪れてみたかったからです。
ここで、レイキに関して少しばかり補足しておきます。
レイキとは宇宙に存在する生命エネルギーを活性化し、回復し、調和させる方法です。その歴史は古く古代チベットに辿り着くのですが、長い間に伝統が消失し封印されてきました。それが19世紀の終わりに、臼井博士により再発見されました。戦前、日本では「手当療法」の全盛時代で、その中心がレイキであったとされ、日本での信奉者数は100万人超えだったそうですが、戦後は極限られた人々に受け継がれて表面に出ることはほとんどありませんでした。
教えを受けたハワイ在住の日系2世の「ハワヨ・タカタ女史」の功績により海外へ普及していったという経緯があります。
それが廃れていた日本に逆輸入されたのが1985年だったのです。
現在、レイキは世界で最も人気の高いヒーリングで、イギリス、ドイツ、オーストラリア、カナダ、オランダでは医療保険が適応となっています。
私がレイキのティチャーズ・ディグリーを取得したのは2002年12月のことです。少しばかり、ヒーリングやディグリーの伝授を実践していた時期もありましたが、私にはヒーラーという天命はない、とい感覚があり現在は休止中です。
もちろん、宇宙に充満する生命エネルギーそのものは、いつの時代でも変わることなく存在していますから、レイキは自己ヒーリングとしてのみ、用いています。何よりも、”ヒーリング”は自分が行いたいからする、というものではなく、その能力は天命として与えられるものであることを今は理解しています。
ここで、私がどのような経緯を経て、「霊性」ということに気づいてきたかを整理してみましょう。
- 看護学校と臨床で病める人々に奉仕するという「奉仕の精神」の大切さを学ぶ。
- その後ある期間宗教団体に所属して、「宗教」というものを苦しみつつ知る。
- 仕事上での人間関係を向上させるべく、心理学を学ぶ。
- 広く教養を積むべく、放送大学で人間の探求を専攻する。
- ユング心理学をベースとした自己開発セミナーを受ける。
- 精神分析、夢分析を受ける。
- 瞑想の学習を始める。
- レイキ・テイチャーとなる。
- ヨーガを学び、ヨーガ療法士となる。
- スピリチュアリズムを知り、今日に至る。
学習中、そしてそれからも沢山の病気を体験し、今スピリチュアリズムに出会ったことにより、長年の探求課題であった、人生の目的、神の存在、死後生について知ることができました。
思えば長い道のりでした。気がつけば地上人生のほとんどが費やされていました。
私は少しばかりの苦労や学びではなかなか悟れない無知で頑固人間でした。ですから、こうして挙げてみれば①から⑩までのようにこれでもか!というほど手間暇がかかりました。しかし、人生とはこうして知識と理解(悟りとも言います)を得るための学びの道程ということが出来るでしょう。私はそういう意味で本当に幸せ者であります。
私はいつでも真剣に物事に対峙してきたつもりです。しかし、それが故に人生は生きずらいものとなっていました。適当に妥協する、ということが出来ないのです。仕事においても、味方は少なく敵は多いほうでした。
こうした性格は物事を進めるうえで、プラスとともにマイナスともなります。
今は、そうした自分の傾向を知っていますので、そのバランスをとることに心を砕いています。
どんな場合に許し、どんな場合には厳然と対処すべきか、これを冷静にそして焦らず考えてゆくことが少しは出来るようになったと思っていますが、果たしてどうでしょうか・・・。
地上人生が終わるその時まで、いえ、あちらの世界に於いても私達は学び、そして他の人々に奉仕し続けるのです。勇気を持って顔を上げて進みましょう。