一スピリチュアリストの声

10年前からスピリチュアリズムを学んでいます。まだ学びの途中でありますが、これまでに学んだこと、経験をふまえて綴ってまいります。                                                                                    

イエス様が地上再臨され3年が経ちました

                                 

「歴史の大転換期に生きている人間には、自分が今、どれほど重要な時代にいるのかを実感することができません」これはスピリチュアリズム普及会のインフォメーションNo51の冒頭にある言葉です。

  今、私はこの重大な時代の転換期に地上に生を受け、地上人生を歩んでいます。
幸いにも私は霊界の導きにより、この事実を知ることが出来た一人です。言葉にはできない程の驚きと感動を覚えました。

  イエス様が地上に再臨されて3年の歳月が経ちました。そして今、あの感動はどうなっているでしょうか。この衝撃的なでき事は紛れもない事実であります。全く疑う余地はありません。

  その一方で、日常生活は一見何事も無かったように過ぎてゆきます。ややもすると、マンネリとも言える状態に陥りかねません。しかし、これは大きな落とし穴です。怠惰、マンネリは私達の敵です。肉体を携えた私達は容易に霊的意識から外れてしまいがちです。

   これに陥らないためには、地上的な出来事に気を奪われてはなりません。どんな時にも霊的視点から物事を判断しなくてはなりません。地上での生活は、あれこれと気配ばりしなければならないことがあります。それは日常の家庭での生活のなかに、仕事や社会での関わり方に、そして世界の混迷する状況など挙げたらきりがありません。しかし、そのどれであっても同じです。地上的な出来事に惑わされてはならないのです。

「霊的視野」を保つためには、霊的なことに対する繊細さ、敏感さが必要だと私は思います。ボ~としていてはダメなのです。楽観的であることは大切でありますが、これはあくまでも霊的楽観さであり、怠ける事を推奨している訳ではありません。

 霊的な 繊細さ、敏感さがあれば、大切な事柄を見逃しはしません。霊界の導きを感知できるのですから、是非とも身に着けたい資質であります。無視してはならないと私は思います。

  限りある地上人生でありますが、私には役割があります。それは霊的真理の普及です。あるいはその手伝いをすることです。何時でもその要請に応じられるよう、準備しておくことです。常に神の子供として神の前に立つことができるよう準備しておくこと です。そのために霊的真理の正しい理解をし、霊主肉従を心掛け、隣人と動植物を愛する事を心掛けてまいります。これ以外には地上人生の目的はございません。

エス様が地上再臨され3年が経っての私の決意表明をさせていただきました。